2009年4月30日木曜日

タダは厳しいよ

昨日、今日と、CIFJのポストフェスティバルをした。(@森下スタジオ)
昨日は、2月のフェスティバルに参加した人に集まってもらって、フェスティバルに対する意見や、感想、希望などを聞き、また印象的だったワークを復習するような時間を持った。
そして今日は、オープンに募ったお客さんの前で昨日からの参加者の人たちとで、ショーイングをし、フェスティバルのビデオ鑑賞と報告会を催した。

詳細は省くとして、この二日間で心に残った感情は、

「タダだから、厳しく臨む」。

今回の参加費は、タダ、である。踊る人も、見る人も。
厳しいのは、こちらから、参加者&観客へ、である。
何故?
何故厳しくしたくなる?

右往左往と思いは彷徨って、答えに至るルートは複雑なので省くとして、
結局、労働に対しての何らかの見返りが欲しい人間なのである私は。それが普段はお金を請求する。今回は、お金は請求していない。では、何が得られるのか?何が欲しいのか?
それは例えば、時間厳守。例えば自主性、主体性。例えば心意気。例えばコメント。例えば、アクティブな参加の仕方。例えば動機。例えば持久力、持続力、、、 
ではないだろうか。。。

欲張り?
  ・・・・・・

今回(ポストフェスティバル)は、本フェスティバルに参加した人の多くに、参加して欲しかった。たくさんの観客にも集まってもらいたかった。その為にも、参加費をタダにした。その思惑とはウラハラに、ちょうど良い人数(予想の半分以下)の、熱心な人が集まった。しかし、それでもなお、もっともっと届かせたいし、分かって欲しい、真剣になって欲しい、という願いがある。
その意図を伝える為の時間や方法が不十分でもあることは承知。
そして根本的に、タダで参加出来るものに対して、みな戸惑いがある。どのような「つもり」で参加すれば良いのか分かりづらいと思う。

それにしても難問。
お金の介在しない社会や関係って、少し憧れる。
そうしたら、自分という人間をもっとよく理解出来るだろう。一体、自分は強いのか、弱いのか、バカなのか、媚びるのか、賢いのか、薄っぺらいのか、自信を持つのか、なくすのか。やっぱりゲンキンなのか・・・

思考、まとまらない夜。

それでもポストフェス、やって良かったという充実感の夜。

しゃべり過ぎで酸欠で頭痛の夜。

一気にみんなの前で吐き出した反省点を、
一つ一つ来年に向かってクリアしていかなきゃ、の決意の夜。

明日の朝には、消したくなってるだろう、このブログ・・・
マイナーだなあ、今夜は。




2009年4月23日木曜日

びゅんびゅんウォーク!なんだけど

本日、念願の靴を買った。靴の底に、私の大好きなフィジオボールっぽいものが付いているやつです。R社のなんと、14800円もする!スニーカー。ボールに過剰反応する質なので2月の発売から気になって気になって、やっと、買った次第。基本的にウォーキングシューズで、歩いているだけで、ハムストリングスとか、ふくらはぎが鍛えられるという触れ込み。試しに履いてみると、「???何これ?ふつーやん」と、かなりなバランス力を試されるものと覚悟していたら、あっさり普通の靴のような履き心地。うぐ、止めようか、どうしよう。十分迷う値段だ。しかし、今日の私は、強気な購買モード。これで諦めていては、私の後半生つまらなくなる!と、買いましたよ。そして、徒歩5分近所のスーパーへ行きましたよ。
なんと、びゅんびゅんウォークができるのです。脚が前に振り出される感じで、足指の地面を蹴る感覚が冴える。歩幅もぐんと広くなって、気持ちよい。そりゃあ、14800円です。きっとスリムになって見せましょう。と誓いの春でした。

しかしまあ、今日は、付いてない事もたんとあった。
1)洗濯機が壊れた。ようだ。このタイミングで壊れないで欲しい(いつもだけど)。脱水が効かなくなって、ドラムの中が焦げ臭い、やばい。あああ。
2)大学の教室変更の希望を出したら、ぐるんぐるんたらい回しに。組織って、大変ね。あげくは、学生課の人、私に向かって、「あ、その時間は無理です、勝部先生が使っておられますから」と。「私が勝部です!!!」
3)先ほどのスニーカー、買った後、品物を渡される時に、「今日から靴の下取りキャンペーンです。古い靴をお持ちになると、1,000円券引き換えて使えますから」と、しゃあしゃあとのたまう店員。そんな重大なこと、買う前に言え!!!家にも履かない靴の二つや三つあるんだーーー!。と、ここまで来た怒りを押さえ(結構笑ってたけど)、その事は忘れるつもり。某デパート、ハルクの店員さんは、人当たりは良いけど、話しの順番、うまく間違えてくれますからね、要注意。

盛りだくさんの水曜日。
レイとマイケルとジェニファーから続々と返信が来て(何の話しや)、来年のフェスティバルもめっちゃくちゃ充実しますよね。やる気もりもりです。


2009年4月3日金曜日

腰痛レポート

今日は多摩地方も春のよう。って春なんだけど。
少し歩いた。よちよち、ではない。そんな可愛らしい感じではなく、何故だか自分の叔母(高齢)を連想させる年寄りの歩き方だ。小股で腰が曲がり、肘が後に出て、そのくせ手先は何にでもつかまってやろうとがめつい感じ。さらに、上半身が半身ほど右に偏ってしまった。ぐきっと。ちょっと人工的な生け花みたいです。
水曜(=四月バカ)に初めて行ってみた整形外科で、レントゲンの結果を待つ間にあてがわれたストレッチと牽引を、おとなしくこなしていたら、牽引の直後、再度の超*激痛が襲い、唸った。固まった。泣きたかった。
流石の能天気も、今回は、悲しかった。機械に自分の身体を任せる事にもう少し慎重にして、できれば拒否すれば良かった。次の日に目覚めたら、「昨日はほれ、エイプリルフールやんけ〜」と、痛みが無くなっていれば良い、と願った。
非常に混み合う整形外科では、本来取るべき順番を、客(患者)をさばく事を優先してひっくり返す。レントゲンを見てからリハビリメニューを決めるべきだっただろうし、痛めたてホヤホヤなんだから、そんなにむやみに引っ張らなくても良かったのに、とは後の祭り。病院に慣れていない自分は、医者の言いなりになっていたもんだ、と反省。レントゲンで医者が私の骨を外から見ても、その骨の持ち主の私の感覚には及ばないはず。と、次回があるならもう少し自分に自信を持とう!と思う。こんな性格なら、振り込め詐欺にもやられかねないわ、と今日届いた定額給付金の封筒の注意書きに見とれる。あ、給付金。貰えるものは貰うけど(勿論!)、この制度には賛成しかねる。なんだか、バカバカしい。プライドが傷つけられるような不本意な気分。あら、そう言えば今回掛けた治療費とどっこいどっこいじゃないですか。結局、給付金ってぎっくり腰みたいなものだったのかしら。
ええい!来週は花見するぞ!!!


2009年3月30日月曜日

ブログと私

またやってしまった。
続かない、ブログ。
というか、日記的なものにめっぽう駄目な私。
で、今夜は仕事を休んだから、思わず時間があり、こんな時にでも書かないとと。
休んだ理由は、ぎ・ぎっくり腰である。ぎは、偽かも知れない。自称、ぎっくりであり、帰宅後は鼻ぢまで出して、びっくりである。昨日のリハーサルにて、自分の振付けにやられた。なった理由を探したが、思い当たらない。強いて言えば、昨日は思いのほか調子よく身体が動いていた。それが仇となった。かな。
疲れ?コンディション?ウォームアップ不足?試しに着ていた衣装?でなければ、加齢?等々、他の事も考えられるが、多分、調子に乗り過ぎだと思う。
それにしてもショックである。何がと言うと、その時の動きは、弾みをつけて身体を後に反る動き。この上半身を反る事に、私は大きな憧れを持っていて、多くのスターたちが放つ胸のチャクラの開き具合を、この上半身のそり度合いで計れる、と以前から考えているからである。浅田真央ちゃんも、キム・ヨナも、はたまた藤原紀香も、この上半身の柔らかさが、彼女等のオーラや輝きの訳だ。こんな事を本気で考えている。というか、こんな話しを聞いたから信じている。ああ、やはり、自分には輝く為に必要な身体の条件が備わっていないんだなあ・・・と。
ショックである。

ついでだから、最近の2ヶ月にあった事を、「ブログと私」に載せて、時間さかのぼりでお伝えします。
1)ブログを褒められた。
ダンスでご一緒の素敵な女性から、「ブログの文章、面白いですよねえ」と。「頭良いですよねえ」とまで彼女(
れみれみ)は言った。有頂天である。だからより一層、ブログにブレーキが掛かり、書けない。
2)松山に行った。
温泉は本当に素晴らしい!と、八重さん企画のハードスケジュールをこなしつつ、ともちゃんに連れて行ってもらった東道後温泉で感じた。本当の目的は、松山大学のダンス部の皆さまとコンタクト・インプロビゼーションをする事。みんな、可愛い!そして、人懐っこい。素直。スタミナ。柔軟。若い。
ほうら、そのどれも欠落している私。せめて口は滑らかに、とよくしゃべっり倒して来た。ので満足。
3)CIFJをなんなくこなした。(なんなくの部分、嘘)
一大イベントのコンタクト・インプロビゼーションフェスティバルジャパン2009を2月に終えた。東京と金沢で繰り広げた国際企画。精魂尽き果てた、とはいかないまでも、もうやらない!と断言したくなる、もし参加者達のあの笑顔を見なければ。
色々あった。真の意味での国際化は、まだまだ難しいもので、ようやくその難しさを知り始めた段階だと思う。それはさておき、やはり、参加した人たちの本当に嬉しそうに人と踊る、インプロで踊る姿を見ると、やってよかった〜と疲れも吹き飛ぶ。
その事後処理と計算とか、まとめの文章とか、反省とかしているうちに、3月が終わった。明日の最後の1日は、その反省会で半日費やされ、夜は、動けない自分の身体を運んでリハーサルをする。もうすぐ4月。新学期。またブログに取り組む決意を新たに出来るきっかけ。ああ、これではまるで、「1年中、酒が飲める歌」みたいな私。。。。

2009年3月7日土曜日

ぼんやりの勧め

まず。本日のダンスクラスにご参加の皆さま、お疲れさまで有り難うございました。今日の結論は、「ぼんやりは身を助ける」となってしまいましたね。こんなで、良かったでしょうか、クラスとして・・・。
さて、いらっしゃらなかった方々にも、シェアしましょうね。昨日ニュースで見た衝撃事故映像から、どうしたらトレーラーに激突しても生身の人間が無傷でいられるか、の研究(遊び)を考えた挙げ句、武術家の人たちのように「ゼロになるテクニック」を身に付けるべき。ダンサーもしかり。そして、その奥義は、身体も意識もぼんやりさせておく。酔っぱらいが転んでも怪我をしないように。となり、そのプロセスから、今日のクロスフロアーのコンビネーションは、最後にパートナー(その時いきなり出現)に、「バンッ!」と倒される、そしてニコニコ起き上がる。で仕上がりました。
調子に乗ってこんな実験も。抱え上げられた人の足が床に下ろされた瞬間を、抱えていた人に悟られない工夫=リリースの技もしました。(出典はニナ・マーティンのインプロクラス)さらに、今日の発見は、目玉の力を抜いて、寄り目にしながらやれば、もっと素晴らしいぼんやり状態が作れる。

さて、日常生活でこれを使わなければならない状況は避けたいものですが、跳躍の着地には応用したいなあ、、、と思ってます。

2009年2月4日水曜日

エネルギー、余ってます。

今日は、受け身だった。
まず、整体。自分はぽや〜と寝転がってるだけで、筋肉や骨を動かしてもらった。気持ちよい!!!!
ところが、先生の気が強過ぎたか、内蔵が大騒ぎを始めて、ピ〜ンチ!やや緊張感も孕みながら何度も意識を失い漂う。

夜は、素人の為の映像ワークショップのレクチャーを受ける。おとなしく座って人の話しを聞くのって、意外に久しぶり。無料!にも関わらず、惜しみない情報と丁寧な解説で3時間余り。自分の容量にはみ出す知識を与えてもらった。ノートはしたものの、東大生のように美しくはないし、明日見ても自分で意味不明だろう。しかし、ダンスと映像の絡み方、共存の方向性、立場を変えて考える事、などなど、一杯知恵は授かった。ありがとう、先生!

で、受け身の今日は、頭の中はいっぱいいっぱいで疲れたとは言え、自発的に筋肉も使ってないし、なんだか、消費していないカロリーが沢山余っている。そうよね、なんでもバランス。入れるのと、出すののバランス。受け取る事と、創造して送り出す事のバランス。教わる事と、教える事のバランス。自信を持つ事と自分を自覚する事のバランス。そうよ、私は天秤座。腹筋してから寝ます。

2009年2月1日日曜日

「new」と「old」と「その間」

今日は、刺激を沢山、受けた。
結論は、「new」と「old」と「その間」を考えること。

昼間には、子どもたちのためのインプロ公演を見、夜は、ワークショップ参加者も含めたダンスインプロ公演を連続して見た。
昼間、客として会場に来ていた「new」な人々、つまり子どもたちは、本当に気ままに自由に舞台上に出現し、パフォーマーの誘導にもほんの少しだけの遠慮を向けただけで、ほぼ気持ちの赴くままに行動していた。その存在は、大人には不可能な超意識(?:この言葉の正確な意味をあまり知りませんが)に乗っ取られている。超、羨ましい。

夜は、ワークショップ参加者と、そのリーダー(講師)と、ゲストたちの所謂大人のインプロパフォーマンス。
パフォーマーは、概ね、「old」と「それ以前」に分けられる。「old」と言っても、高齢者、ではなく、経験の豊富な人という意味で。まあ、実年齢はアラフォーって言うか、広い範囲のアラフォー。「それ以前」は、昼間の「new」達より、断然年上だが「若い」に入る人たちだろうか。

人間を含め、おそらく全ての物の基準は、新しいものと、古いものに価値が置かれる。それには理由がある。(ここでは割愛)そして、「その間」は、時間が司る次元においては、中途半端で価値が低い。それには理由がある。(ここでは割愛)

ダンス・インプロビゼーション・パフォーマンスの場合、「その間」の世代に、私は大いに期待しつつ、大いに勉強して欲しい、と感じる。ダンステクニックだけでは事足りないインプロパフォーマンスの世界は、人間の成長(老化とか、加齢とか、エイジング)を優しく受け入れてくれるジャンルだと思いたい。人生に何度かの挫折を味わった後に出来る表現の世界は、成功体験だけで生きている世代にはまだまだ出し得ないものがある。
私はこれからも、たっぷりと、挫折や、失望やあがきを浴びていくはず。それは、実は、実に、良い事。