2011年5月7日土曜日

またゾルゲル運動する。

もし今の日本人の様子を、外から見れば、「檻を取っ払われたのに、逃げないで同じ小さな空間にじっとしている小動物」なのかも知れない、と思った事が有る。つい最近。

逃げても良し、逃げなくても良し、あるがままを受け入れて大丈夫。
という返答を、気功の先生から貰ったが、きっと日本人の多くは、あるがままを受け入れるのが得意なのだろう。ただ、真実に蓋をするのも習性かも知れない。自分だけは大丈夫、と思い込む癖も有るかもしれない。(放射能に関しての質問)


これが前置きになるかも、と思ってみたが、ならなさそうだ。


以下、話し変わって、昨日終わった6日間インプロの最終日に関して。
目標は無設定でのグループインプロ。
果たして、最後の5分間には、今回で「最ゆる」セッションになった。

1日前のテーマが、「せちがらいインプロ」。具体的に言うと、人から影響をいっさい受けないダンスをやり通す、ただし、人の起こす事も知りながら。
結構、ハード。心が荒んで夜は酒に頼りに行った人もいた程。
まあ、これはこれで私は嫌いじゃない設定。

明けて6日目。今度は、「人の気持ちに立つインプロ」。自分は一体他者に対してどんな存在/行動/刺激/情報なのか、をずっと考えて、それが動機になるダンス。

人の気持ちを察しながら情報を発する側と、それを受け、自分が主体となって反応する側。
2種類の人間が混在するダンスは、ぱっと見はごちゃごちゃだけど、成分はいたって円みが有る。おふくろの味って感じ。・・・?

ああ、時間がない!と最後の5分で、枠をとっぱらってみた。
縛りも設定もなく、お好みでどうぞ。
とは言え、当たり前ですよね。直前のことが一番強く影響するわけだし。
そして短くも素敵な藤の花の妖精のような(・・・?)セッションが出来た。


もし、このまま2時間くらい踊り続ければ、自分にも他人にも飽きて飽きて、どうしようもなくなった頃を迎え、それを乗り越えたあかつきに、新しい自由な人間と、その繋がりを見つけるかもしれないなあ、と思った。

檻を取っ払っても逃げない私たち。少し前まで存在した檻の格子を無意識の記憶にとどめつつ、自由である事を少しずつ確信する。少しずつはみ出してみる。ゾルゲル運動を繰り返して、最先端には勇気を持って。大人気(オトナゲ)で、わきまえた自由を獲得する。
それを外から見たら、今の地球や宇宙に住むものとして、最善の総意をもつ社会、だと良いなと思うに至る。

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